movie_99’s diary

映画や音楽やらの感想をぼちぼちと。

【映画レビュー】『モリーズ・ゲーム』

f:id:movie_99:20180429185211j:image

試写で拝見させてもらった。何よりも『マネー・ボール』『ソーシャル・ネットワーク』『スティーブ・ジョブズ』の天才アーロン・ソーキンの監督デビュー作。期待値をかなりあげて見たが、監督としても将来有望であることが、証明された作品となっただろう。それこそまだ、過剰な感傷的でチャラついた映像は賛否分かれるだろうし、演出の詰めが甘い部分もあるにはあるが、これは純粋に誰が見ても楽しいエンターテイメントであると断言できる。

f:id:movie_99:20180430000241j:image

思い返してみるとやはり脚本の映画だったとは思う。とにかく秀逸というほかない、鮮やかすぎる台詞劇だ。目まぐるしいほどの言葉と情報の量に頭がクラクラしてくるが、一瞬も途切れることのないテンポと、ハイレベルながらも洒落の効いたセリフで2時間半飽きることなく見続けられる。そして紛れもなくアーロン・ソーキンの脚本だ。セリフの中に、この映画自体の構造を説明させ、主人公の周りの人物も主人公と対になるような形で掘り下げる。あと、彼はほんとうに『市民ケーン』が好きらしい。今までの実話ものはどれも『市民ケーン』要素があったが、今回はより明確な"バラの蕾"的仕掛けがあり、それはラストカットを飾る。自身の監督作で自分の持ち味や作家性を存分に発揮した作品と言えるだろう。

f:id:movie_99:20180430002141j:image

そして、そんな脚本に説得力を持たせ支える役者陣もほんとうに素晴らしい。主演のジェシカ・チャンスティンはこのような役はもう十八番というか、相変わらず流石なのだが、助演のイドリス・エルバがほんとうに素晴らしかった。これはポストデンゼル・ワシントンもありえるんじゃないか。娘を抱える父親というポジションが、相対的にヒロインの父親と対比になっていくのだが、そのヒロインの父親を演じたケヴィン・コスナーも渋くて切ない演技で脇をしっかり支える。軽薄なマイケル・セラも良かった。そして、最近の映画に顕著な海外ドラマ界のスターの出演も『ストレンジャー・シングス』のスティーブことジョー・キーリーや『ナイト・オブ・キリング』のビル・キャンプ、さらには『13の理由』のブライアン・ダーシー・ジェームズなど、僅かな尺ながらいろんな人が出ていた。やはり今のハリウッドはドラマも抑えてないと追えきれないということか。

f:id:movie_99:20180430003837j:image

そして、意外なのはクライマックスだ。こちらが予想してた以上に、エモーショナルな着地にアーロン・ソーキンは見てる側を連れて行く。ここは前述でも指摘したように賛否が分かれるところではあるだろうが、自分はこここそアーロン・ソーキンの演出家としての作家性としてこれから出していく特徴であると思っている。少し『スティーブ・ジョブズ』でも組んでたダニー・ボイルの影響も感じるが、個人的には、主人公の人生を少しでも肯定するラストに甘さを感じながらもグッときてしまった。まさに『ソーシャル・ネットワーク』のラストの裏表に位置するようなラストカットに映る"バラの蕾"。とても切れ味のいい幕引きだった。ソーキンはこれからどんな作品を手がけるのかますます楽しみになる作家になった。次回からは演出家としても要注目の人物だろう。

 

 

 

 

 

【映画レビュー】『ミスミソウ』

f:id:movie_99:20180422212147j:image

内藤瑛亮作品の作家性やポテンシャルは毎回とても面白いと思うのだが、その中でも好きが上回る作品と苦手が上回る作品が個人的には半々という感じであった。そんなスタンスで話題になってる今作を見てきたが、内藤瑛亮の現状最高傑作であることは疑いようないのではと思う。因みに原作は未読の状態で行った。度々話しているが、自分は本当に本や漫画を読まないので、漫画原作の映画を見ても原作を読んでないどころか、存在すら知らない作品が多い。今回の『ミスミソウ』もそうであるが、これに関しては近いうちに原作を読んで見たいと映画を見て思った。個人的には、『バトルロワイヤル』以降の未成年バイオレンス映画の新たなクラシックと言ってもいいくらいだ。

 

まず、素晴らしかったのはルックの豪華さだ。内藤作品は毎度のように画面構図がキマりまくっているのだが、今回は飛び抜けている。白銀の中、バイオレンスによって白が赤に染まっていく美しさを、完璧なライティングで攻めていく。スローモーションの使い方も素晴らしかったり、いざ体が損傷した時に咄嗟にカメラを離し、引きのショットを入れるセンスなども。本当に見惚れるシーンばかりで、目を覆いたくなるバイオレンスシーンですら、瞬きが勿体無いと思わされる。

f:id:movie_99:20180422214016j:image

役者陣も本当に最高なんだが、とにかく主演の山田杏奈に尽きる。彼女のオーラがこの映画の60パーセントくらいは支えていた。中盤声を失ってからの、彼女の目の演技は、他の同世代の役者でもこれほどのものができるのは彼女だけだと思う。あの目つきが本当に素晴らしい。もともと目つきの悪い人にはできない演技だ。ストーリー上、声を失ってから殺人シーンが多くなるのだが、殺す側も殺される側も、リアクション含めて素晴らしいシーンばかりだった。そして、後半に行くにつれて豹変して行く、あの人とかアイツとか、本当にいちいち素晴しい気味悪さと哀愁が最高だった。みんなそれぞれ切なさとどうしようもなさ、そして言葉にならない感情を見事に体現した素晴しい演技だった。

f:id:movie_99:20180422215436j:image

内藤瑛亮監督は、毎回「子供」と「死」を捉える。しかし、それでも内藤作品の魅力は、元々監督自身が養護学校の教員をしていた経験もあり、実は高い倫理観と誠実さのもとで、故に気持ち悪いものを気持ち悪く、残酷なものを残酷にしっかり描く姿勢だと思う。だからこそ、今作で今まで以上にはっきりと「青春映画」を撮ったことは、納得するとともに、最早内藤作品という枠を飛び越えた「映画」になっている感がした。

今作は閉ざされた青春の物語であり、閉塞感と将来の見えなさ、不安性を見据えたテーマになっていると思う。子供時代という将来の見えない状態が、何もない田舎に様々な理由で縛られている閉塞感と、いつか外に出たいという願望、そして、その願望が叶いそうにない絶望とリンクし、少年・少女時代という時期の本質を探るような、残酷なイニシエーションの物語となっている。ここが、側面だけでは勘違いしてしまいそうな、単なるイジメ映画、暴力映画とは一線を画すところだ。少年少女の独特の不安感と絶望感がそのまま暴力と血の量に現れるのである。だからこそ、後半サイコパスに変化するあのキャラクターと担任の先生のエピソードには少しガッカリしたが。このあたりは原作のため仕方なくなのか。しかし、後半で明かされるヒロインともう1人の少女の関係性、そして、そこから現れるもう一つの気づきと成長には素直な涙が流れ、ラストに流れるタテタカコの「道程」に背中を押される。

望みが人の性なら 

行く手には荒波が来ようとも

眼差しを遠くまで待つことが 

喜び 光 生きること

最後見るのは、彼らにもあったはずの未来と、手遅れな救いな気がする。彼らが血を流すまでに、誰かが君の人生そこまで悪くはなんないよと笑ってあげればよかったのにと、この曲を聴いて思ってしまう。このラストだけでも青春映画として、高いところに達していると思う。内藤監督の容赦なさが上回りながらも、1割ほどの優しさが垣間見える瞬間を最も濃くしたラストであった。お見事。

【映画レビュー】『レディ・プレイヤー1』

f:id:movie_99:20180420220309j:image

今年は個人的に映画の当たり年だと思っているが、また大傑作だ。スピルバーグ作品が1ヶ月以内に2作品も公開されるという異常事態に遭遇でき、そしてそのうちの一本が今作だった喜びを噛み締めたい。2018年にスピルバーグが焼き付けた集大成は、ポップカルチャーネタの数々にもとても楽しい気分になるが、一部のマニアの人に向けた安易な目配せに終始する映画ではなく、それどころかとても普遍的で、お話自体はどの時代でも通づるような継承の物語だった。今作はその普遍性こそが最もスペクタクルであり感動的な作品だ。

 

※以下ネタバレを含みます。

 

 

f:id:movie_99:20180420221601j:image

まずは冒頭から驚かされる。仮想空間の作り込みも勿論すごいが、現実世界のコロンバスの風景から手抜かりがない。このようなディストピア世界描写は様々な映画で見たような気になっているが、スピルバーグは全く新しい形でそのディストピアを提示して見せた。ありそうでなかったディテールと、それを手際よく見せていくオープニングから引き込まれる。この「未来」をしっかり描けてるかどうかは、このようなストーリーの映画では最も重要といってもいいだろう。それをスピルバーグは難なく高いレベルでフレッシュなものを見せてしまったのである。

そのほかの前半のアクションも素晴らしい。複雑さに反して、信じられないくらい見やすいレースシーンがとても計算されていてよかった。このレースシーンの音楽を全くかけない演出がそれぞれの怪獣や車のクラッシュなどの「音」だけを信頼した作りでとても迫力があった。一つ一つの要素のフレッシュさが、単なるノスタルジーでは終わらない、2018年のスピルバーグでしかありえなかった作品になりえている部分であると思う。

f:id:movie_99:20180420225452j:image

安易なファンサービスや目配せではない、純物語的な普遍性を込めたプロットにはストレートに感動させられた。この映画のアドベンチャーは1人の男の人生を辿っていく旅だ。創設者のハリデーの人生を遡っていきゴールまでの鍵を手に入れていく。その彼の人生というのが、いわゆる天才が故の苦悩などではなく、失恋や親友とのいざこざ(ここでのハリデーとモローは明らかにジョブズとウォズニアックだ)という、現実世界を生きる我々も経験した、あるいは経験するであろうごく普通の物語だ。ごく普通の1人の男の人生を通じて、現実の世界の人生に触れていく。ここがとてもグッとくる。この冒険のゴールとなる最後の部屋は、自分の始まりというハリデー自身の子供時代の部屋の中だ。そこにいるのはテレビゲームをしている普通の少年。正にハリデーこそ我々自身、所謂「俺たち」なのだ。マーク・ライランスが見せる最後の表情に様々な含みを感じて泣ける。そしてそんな彼の人生の積み重ねである「オアシス」が、エッグとなって新しい世代に受け継がれていく。とてもわかりやすい継承だ。全ての瞬間こそが大事なのだと新しい世代に受け継がれその意味を知るという、そしてそれをスピルバーグが描いたというメッセージ性の強さに感動する。

f:id:movie_99:20180420231630j:image

それに対する悪役である、ベン・メンデルソーンのキャラクターも素晴らしい。明らかにハリデーと対になるキャラクターとして、人としての部分が完全に欠落した冷酷な悪役だが、終盤、エッグを見て一瞬感動する彼にこちらも感動する。ここのベン・メンデルソーンの演技がものすごくいいのだが、ここで、コーヒーを注いでた時の彼の姿が一瞬戻るあたり、スピルバーグはとても優しい作家だと改めて思う。と思いながらも、主人公の叔母を容赦なく殺すあたり、やはり毒の強い監督だとも思ったり。

これらのクライマックス周辺は完璧の一言だ。仮想空間と現実をカットバックさせながらどちらにも盛り上がりを見せようとするあたり、流石すぎる。現実世界でのカーチェイスや銃によるサスペンスも絶妙なバランスで成り立っており、永遠に見ていたい高揚感があった。

f:id:movie_99:20180420234221j:image

そして、最も感動したのはラスト。今の時代ではくどいくらいの大団円だが、これこそ唯一80年代アンブリン映画っぽさを感じた場面だ。ここのシークエンスの、エモに頼らない感動は今時なかなか味わえない。その中の主人公とヒロインのキスシーンも素晴らしかった。主人公とヒロインを結ぶハイライトがキスというのも今時珍しいくらいだと思うが、このベタなロマンスにも泣いてしまうのだ。キスはハリデーが人生でやり残したことの一つだ。それをも正に主人公が受け継ぎヒロインとやり遂げるのである。しかも、現実世界でも少し宙に浮かんで。このシークエンスが本当に素晴らしくロマンティックだ。

何度も言うが、この映画は特別な人、ある特定の人へ向けたお話ではない。今まで現実以外の何かに没入したことのある人全てに向けた物語なのだ。非現実が必要な我々を肯定しながら、見終わった後には現実世界が特別なものに様変わりするような作品だ。そして、この作品をスピルバーグが監督した意義を噛み締めたい。

私のゲームで遊んでくれてありがとう

ハリデーの言うこの台詞はスピルバーグから観客への40年分の言葉にも思える。これも全て含め、正しくポップカルチャーが一つの到達点を迎えた歴史的作品だ。2018年、まだまだ更新し続ける。

 

 

 

 

 

【ドラマレビュー】『ハンド・メイズ・テイル/侍女の物語』

f:id:movie_99:20180418215017j:image

Huluで毎週ちまちま更新されやっと見れた全10話。いやぁ、喰らった。昨年のエミー賞を総なめにしたのも納得の、リアルタイム性と普遍性を兼ね備えるフィクションとしての面白さだ。10時間ですら、この作品が描き出そうとしてる壮大な世界のほんの一部しか見えてない感がある。この10時間で描かれるのは、あくまで変化の予感と物語の始まりなのだ。

 

現代のmee to運動を始めとする、いわゆるポリティカリコレクトネスと世界のムーブメントを反映させた企画、作品だったのは間違いないが、それ以上にこの作品の普遍性、クラシック的な風格の方に感動した。そもそも、マーガレット・アトウッドの原作が1985年のものなので、原作由来の部分なのかもしれないが。未読だからなんとも言えない。

f:id:movie_99:20180418220858j:image

この作品で描かれるのは、所謂ディストピアと言っても過言ではない「未来」だ。世界はカルト宗教組織に支配され、昔のような遊びもショッピングもテーマパークもSNSもない世界。そして、その世界では、子供を産むために女性は虐げられ、「儀式」という明らかに倫理的な線を超えているイベントによって心身ともに削られていく。当然ジェンダーに対しての理解もなく、LGBTや感情による性交渉は即刻罰せられ、理不尽に身体と命を奪われる。そんな理不尽な世界観を徹底的に描くと同時に、なぜこのような世界になってしまったのかが、前半に登場人物たちの回想カットバックによって、同時進行的に語られる。ここの演出の手際の良さも流石だが、普段の日常が小さな違和感から徐々に崩れていき、予感が本物になり、ディストピアになっていく過程が物凄くリアルで恐ろしいのだ。その部分での白眉となるのは第3話のデモ行進が制圧されるまでの一連の流れだろう。クレジットカードが使えなくなるという些細なところから警官隊が一般市民に向けて発砲してくるというショッキングまで、じわじわ煮詰めていき、世界を崩していく感覚が、正に我々の住んでる世界でこのようなことがもしもあったらという”if”の話として容易に想像がついてしまうのが恐ろしい。現代のファンタジーでは全くなく、紛れもなくこの世界の話をしているのだと。

f:id:movie_99:20180418222819j:image

音楽の使い方にも注目したい。第1話と第2話のエンディングを飾るのは、レスリー・ゴア「You Don’t Own me」と「ブレックファストクラブ」でおなじみシンプル・マインズ「Don't you 」とあまりに有名な二曲。前者は女性の目線から所有物からの脱却を歌い上げ、後者は男の目線だが、大切な人に来て欲しい、忘れないで欲しいという願望を歌っている。前者のメッセージ性は言わずもがな、後者のような青春のポップソングのような曲も、今作は皮肉な響きを表す。

Slow change may pull us apart   

緩やかな変化が ぼくらを引き離すだろう 
When the light gets into your heart, baby   

きみの心に 灯りがともる時に、ベイビィ

この歌詞が響くラストの展開は、あまり後味は良くないが秀逸だ。皮肉の効きようと、このスタートの2話と2曲で主人公を完全に檻に閉じ込めるのだ。

 

あと、個人的に今作のベストエピソードでもある第7話のシガレッツ・アフター・セックスの使い方も痺れた。「Nothing’s gonna hurt you baby」。正にそんな状態から少しでも救われた彼の最後の表情に途轍もなく感動した。全体としても、「ストレンジャーシングス 」S2における「姉妹の契り」というエピソードのような脱線回であったが、絶望の中にも幸せな瞬間と人間の強さ、そしてそれを束ねるような微かな希望に、今年見たドラマでも最も胸が熱くなるエピソードだった。

f:id:movie_99:20180418231131j:image

勿論最終話の抵抗とニーナ・シモンにも打ちのめされた。そしてこの、言葉じゃない行動による訴えは正に映像作品にする意義があっただろう。言葉にするところとしないところの誠実さとセンスに本当に感動する。唯一苦言を呈するのだったら、やはり日本での配信の遅さだろう。Netflixamazonなど、本国とほぼ重要作品がリアルタイムに見れるこのご時世で、昨年の超重要作品である本作をリアルタイムで見れないのはあまりにも辛い。こうなるとS2も不安になるわけだが、本国では今月末から始まるということで、流石に年内の配信を望みたい。この物語の続きを早く見たい。

 

 

【映画レビュー】『ジュマンジ /ウェルカム・トゥ・ジャングル』

f:id:movie_99:20180410213812j:image

オリジナルのジョー・ジョンストンジュマンジ」はお気に入りの映画だ。スペクタクルの見せ方が気が利いているし、ロビン・ウィリアムズの演技がとにかく素晴らしかった。現実と非現実を混沌とさせるファンタジーとして名作だった。そんな中、今回のリメイク版がアナウンスされた時、キャスト陣や予告の雰囲気を見る限りでは、かなり別物のアクションコメディになっている感じでかなり不安だったのが正直なところだ。しかし、見てみるとそんな不安とは真逆の作品でとても良かった。すごく面白い。

f:id:movie_99:20180410215643j:image

この映画を見て誰もが思うし、事前の情報でもかなりでていたのが、ジョン・ヒューズ「ブレックファストクラブ」を下敷きにしているという点だ。近年のアメリカ青春映画のジョン・ヒューズリスペクト率は半端ないものがあり、大体の近年の青春映画がその一点に集約されてしまうのは少し窮屈な気もするが、個人的にはジョン・ヒューズが好きなので、全然歓迎である。と言いつつ、今作は表向きで「ブレックファストクラブ」の構図を取りながら、中身はしっかり「ジュマンジ」をやっていたなというのが嬉しいあたりだった。

個人的に、今作がしっかりオリジナル版のスピリットを受け継いでいたと思う点がいくつかあるのだが、テーマがわりと似通っていたというのがまずある。オリジナル版の靴工場にせよ、今作における学校にせよ、目を背けたくなる現実がそこにはあって、その現実から逃げようとするも、再び現実を受け入れて生きていこうとするまでの物語なのだ。さらに、前作だと現実に非現実が侵食していき、現実を取り戻すことでまたやり直していくお話だったのが、現実から非現実の世界に飛び込み、また帰ってくるという逆のシンプルな構造にすることで、このテーマがさらにわかりやすくなっていると思う。ニック・ジョナス演じるアレックスを巡る結末も実はオリジナルの結末と合わせ鏡だなと思ったり。

f:id:movie_99:20180410222320j:image

キャスト陣もとても良い塩梅で演技していた。ドウェイン・ジョンソンケヴィン・ハートジャック・ブラックとどう考えても濃い人たちを集めながら、それ以上ピンポイントで目立たせず、お互いを引き立たせるようなバランスでコミカルな演技をしていたのがとても良かった。ジャック・ブラックとか、やりすぎちゃうときはやりすぎちゃう人を、そもそも設定がやりすぎなところで、その設定以上はオーバーにしないというのが、とても良いバランスだと思った。

気になるところとしては、悪役に関してもう一ツイストくらい欲しかったことくらいか。基本的には超絶なバランス力と、ウェルメイドながら誠実な作りでとても満足した。思いの外真面目な作りだったというのが感想なので、もっとぶっ飛んだものが見たい人は肩透かしを食らうかもしれないが、秀作だと思う。ラストの切れ味も素晴らしかった。

 

 

 

【映画レビュー】『娼年』

f:id:movie_99:20180409220619j:image

実は三浦大輔作品は元々そんなに得意ではない。「ボーイズ・オン・ザ・ラン」の平坦さ、「愛の渦」の悪い意味でのやりすぎ感には首を傾げざるおえなかった。「何者」は唯一好きと言える映画ではあったが、それでも映画としての弱さみたいなのは感じた。しかし、今回の「娼年」は三浦作品でも最もクールな視点を持ちながら、映画としての強度もしっかり兼ね備えた良作だった。

 

1人の青年が様々な女性の「性」の世界に触れていき変化していくという正にボーイミーツウーマンな成長譚としてとても面白かった。この主人公の青年が、「愛の渦」の池松壮亮、「何者」の佐藤健と通ずるような「他人に呆れながら諦めきっている」大学生なのがとても面白かった。松坂桃李の空虚さと幼さを兼ね備えた演技の凄まじさも期待以上。濡れ場ももちろんだが、普通のシーンの虚ろな目がとても素晴らしかった。

f:id:movie_99:20180410002745j:image

この映画で最も感動したのは撮影。特に「夜の東京」を映し出す映像とカラーリングに痺れた。全体を彩る「青」が艶かしい色気を出している。この「夜」にとても感動してしまって、この部分だけだったら今年ベストだ。映像をつなぐショットのセンスや、カットバックの凄まじさもハンパなかった。

正直気になるところもある。母親云々のエピソードを実はあまり上手く物語に機能できてなかったように思えるし、お話も中盤淡々としすぎていた気がする。あと、チャラいホスト描写の安っぽさは日本映画やドラマの課題の一つだと改めて考えさせられた。しかし、三浦大輔作品では一番好きになれた。あの「夜」と「東京」を見れただけで、料金分元が取れたと思う。

 

 

【映画レビュー】『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』

f:id:movie_99:20180405114941j:image

素晴らしかった。これを見ると、思えばスピルバーグは、デビュー作「激突」の頃から”見えない敵との戦い”を描いてきたと感じる。今作でもそれは、冒頭のベトナムでの銃撃戦で敵兵の姿を一切映さない演出から一貫されている。今作の「敵」であるニクソンも後ろ姿と肉声でしか現れない。今作はまさに、スピルバーグ的な「敵」を隠すという演出を、近年でもトップクラスに徹底してると同時に、ここから既に、従来のスピルバーグ映画的、スペクタクルな興奮を味わえると言える。

f:id:movie_99:20180405134925j:image

一方で今作はとにかく、スピルバーグ組のスタッフワークが異常な成果を発揮しているように思える。一つにはヤヌス・カミンスキーの撮影。彼の近年の仕事でもベストなんじゃないかと思う。人物を捉えるショット、光の入れ方、カメラワーク。どこをとっても絶品のショットだらけだった。例えば、ボブ・オデンカーク演じる彼が公衆電話で話すというシーン。毎回そのシーンに入る時に、彼を小さく見せる引きのショットを入れ、何かデカイものに進んでいっていることを表している。こういうところの巧さが流石なのだ。そしてジョン・ウィリアムスのスコアである。前作「BFG」の衰えたサウンドと比べても、数億倍生き生きしていて躍動感のあるスコアだった。ここが本当に嬉しかった。このようなスピルバーグ組のスタッフワーク力が今回は最高に発揮された結果であると思う。最高の人たちが最高に仕事をしたらこれが出来上がるのだ。

そして、その最高の演出で彩られたシーンの内側にいてムードを形成する役者陣も素晴らしい。メリル・ストリープは近年のベストアクトだろう。マーガレット・サッチャー役をやったときよりも個人的には数倍良かった。トム・ハンクスは少し声の作り方がやりすぎな気もしたが。海外ドラマ組の役者陣もみんな芸達者で、ボブ・オデンカーク、アリソン・ブリーサラ・ポールソンジェシー・プレモンスとそれぞれが申し分ないパフォーマンスを披露していた。このキャスティングだけでもNetflixをはじめとするストリーミング加入者はニヤニヤしてしまうあたりだが。

f:id:movie_99:20180407194317j:image

スピルバーグ映画を見ると、毎回映画における「動き」の大切さを改めて感じる。今作も歩く、走る、受け取る、震えるなどのアクションがとても連続的に、映画のドライブ感を生んでるとともに、キャラクターの心情を描き出している。どこで歩みを止めて、どこで動き出すか。これほどスマートで映像的な「進む/進まない」の葛藤の描写が他にあるか。そして、とびきり素晴らしいのは印刷機の動き出し。スピルバーグ映画お馴染みの「振動」もしっかり登場し、もう引き返せない巨大なものの動き出しを表している。本作における印刷機は「ジュラシック・パーク」のTレックスと同様なのだ。画面に映っているものの動きを見ているだけで、何が起きていて、登場人物が何を思っているのかが分かる。これを映画的と言わず何と呼ぶのだろう。久々に「映画」を感じた。