movie_99’s diary

映画や音楽やらの感想をぼちぼちと。

【映画レビュー】『スリー・ビルボード』

f:id:movie_99:20180226181053j:image

 

前作「セブンサイコパス」で、悪趣味なまでのバイオレンスの中、カッコ悪い、何もかも上手くいかない大人たちの破滅と生き直しを、ハリウッドという地球上で映画を撮るに最もメタな場所と絡めて描ききったマーティン・マクドナーが、根幹の大人たちの破滅と生き直しはそのまんまに、現代のアメリカとリンクさせ、愚直なまでの人間捨てたもんじゃないという希望を謳い上げることに見事成功した大傑作が本作「スリー・ビルボード」だ。

 

前作の「セブンサイコパス」もそうであったが、今作も起承転結に収まらない物語展開は継続。どこに「転」がっていくかわからない、そして、「転」がり続ける、この最新型の物語は、今までももちろんあったのだが、個人的には去年の「スターウォーズ 最後のジェダイ」から口火が切られたように思える。前作が、言ってもタランティーノリスペクトが見え隠れしてたのに対して、今作は今までのどの型にも当てはまらない物語を語ることに見事成功してる。それが全体のスリリングさと緊張感にも繋がっている。

 

f:id:movie_99:20180226181219j:image

 

この世にはいい人間と悪い人間がいるというのはよく言ったものだが、今作はそれをあまりに苦く、そして優しく描いている。どんな状況でも変われない良き人と悪い人、その中でも後者が前者に変わるような人も世界には必ずいる。この部分がいわゆるこの映画の人間という生き物に対する理想論的な部分だ。何個もの背中押しと親切があった時に人はどういう行動をとるのか。だからこそオレンジジュースのストローの向き一つで泣けてしまうし、ラストの2人の横顔はこの世にあるべきヒーローの顔をしていた。

 

人への親切や、はたまた意識的に人を傷つけ、傷ついてしまうというサイクルは常に現実にあって、そこをどう理性的でいるかの物語である。今作が単なる絵空事や綺麗事になってないのはその部分だ。あくまで単なる「成長」ではない登場人物の「変化」を捉えたことが、ある種この映画の功績であり、現代アメリカにとって最も現実的な理想だったのだろう。その部分で現在賞レースを賑わせてるのも大いに納得だ。

 

f:id:movie_99:20180226181320j:image

 

そんな中、一人一人のキャラクターが活き活きとして映っているのは、純粋にキャストの名演と、役者を捉えるカメラのうまさだろう。何度も特徴的にある登場人物の背中を映すショット。看板のそばに座るミルドレッド、中盤物語が大きく変わる決定的な決断をするウイロビー、それを受け暴走するディクソン。この背中に込められてる怒り、悲しみは前から顔を映したのでは伝わらないと判断したのであろう。背中にこそ何かを背負わせることで、3つのビルボードに裏と表の面があるように、彼らの裏の面にしかない感情を画面に感じさせることに見事成功してる。この部分も「セブンサイコパス」にはなかった明らかに映画的な演出だ。

 

人間の多面性というほど単純ではない、彼らの側面と変化を、しっかり物語として感動させ、「映画」として感じさせてくれる、マーティン・マクドナーの底力を感じた映画だった。賞をとろうがとらまいが、この作品の人間たちをこれからも時折思い出して、勇気づけられるだろう。