movie_99’s diary

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【映画レビュー】『15時17分、パリ行き』

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試写で鑑賞。アメリカでは先にネガティブ評が溢れている本作だが、見てみるとその理由は、単純なテロリズムの描き方などのポリティカルな側面だけではなく、この映画の作り自体のトリッキーさにあると思う。ストレートに言うとすごく変な映画だ。しかし、それと同時に、映像作品として、そしてイーストウッド久々の青春映画として、自分は純粋に滅茶苦茶新しい映画であると思った。

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イーストウッドが描く人間の特徴は昔のフィルモグラフィから一貫しているところだが、今回は人間というよりも、「人生」の描き方が、大胆かつチャレンジングな作品となっている。ここで繰り広げられる彼らの人生は、特別なんてことはなく、ごく普通の若者で、この部分がとても淡々と描かれていく。ここで描かれてる若者の可能性に導かれていく様子が、勿論クライマックスへの前振りでもあるのだが、これは自分も含め、映画を見ている人々が必ず感じたことのある感覚なのではないかと思う。それは単純に何かを挑戦したりするときに、どうしても感じる可能性と何か特別なことが起こる期待は常に持ち合わせている普遍的なものであるのではないかと。それを含めて、自分たちと一緒の、所謂普通の人生をクライマックス以前で味わう。そしてこれを、イーストウッドは映画的に盛り上げたり、誇張したりして描いたりは決してしない。あくまで彼らの人生をストレートにそのまま画面に映すということに徹底している。このことが、人によっては所謂つまらない映画になっている部分であると思うのだが、このつまらなさも完全に目的であり、イーストウッドが描きたいことだったのだと、クライマックスを見て思う。f:id:movie_99:20180227235610j:image

 普通であったら、この青春パートで溜めてきたものを一気に放つカタルシスを、クライマックスに持ってくるものだが、今回はそんなこともしないのだ。それすらも、完全になんの盛り上がりもなく淡々と進んでいく。しかしこれがリアルなのだと。このリアルの究極の追求が、実はものすごく新しく、チャレンジングなのだ。それは今まで作られてきた、実話ものなどへのアンチテーゼでもあり、同時に再現するという意味では最も成功させた結果とも言えると思う。

 

イーストウッド監督作品としては「ハドソン川の奇跡」もストレートながらもかなり異質な映画だった。特に、カットバックの複雑な整合性は誰にも真似できない神業だ。しかし、今回もそのような編集をしているように見えて、見終わってみると全く違う後味を残す作品となっている。そこには整合性も実話も物語もなく、ただ人生と事実がある。このイーストウッドの独特な人生劇場は、本人が演じたという点も含めた上で、完全に再現ドラマとは違う次元だ。そして、これを87歳にして挑戦したイーストウッドは映画の神様の1人といってもいいだろう。この期に及んでまだ、新たな映像表現を追及し続ける巨匠はどこまで高みに登っていくのか。まだまだ生きてるうちに何本も撮り続けてほしいものだ。