movie_99’s diary

映画や音楽やらの感想をぼちぼちと。

【映画レビュー】『ぼくの名前はズッキーニ』

f:id:movie_99:20180304234455j:image

昨年のオスカーで長編アニメーション賞にノミネートされた作品である。スイスで作られたこのストップモーションアニメは、とてもハードな現実を扱っていながら、同時に可笑しみと何かを知ることへの新鮮さで成り立つ子供の世界を描き、観るものをハッピーサッドな感覚にする傑作であった。

 

脚本を書いているセリーヌ・シマアは女性の脚本家、映画監督で、主な作品に「トムボーイ」「17才にもなると」「水の中のつぼみ」がある。いずれもLGBTを扱った作品であり、自らもレズビアンであることをカミングアウトしている。そんな彼女が、今回監督ではなく脚本だけという形でも、自身のテーマから一歩ずれて、孤児の少年少女たちを描いたのはなかなか異色に思える。しかし、それと同時にいずれも、未成年という意味での子供が主人公の映画であった。そんな主人公たちが、自分たちの知らない世界に初めて触れる感覚を描いたという点では、今回の「僕の名前はズッキーニ」にも通ずるプロットである。

f:id:movie_99:20180306152111j:image

今回、この重くハードな題材を、とても見易く万人向けにしている要素がいくつかあって、その一つが、上記の子供の世界のお話という点、もう一つがストップモーションであるという点である。このお話を徹底して子供の視点で描いてるというのは、冒頭のシークエンスから明らかだ。主人公の男の子は母親の末路を見ることなく、自分が何をしたかわからず、部屋の隅に座る。このショットから、この映画が子供の目線だけで話を進めていくというのがわかる。もしくは、ある大人のキャラクターのバックボーンの省略。あそこは子供の視点というのを徹底した踏み込まなさであったし、同時に過去なんて関係ない、その人をただ愛せばいいというメッセージにも繋がっている。そして、この子供の目線は同時に大人が描く子供の世界でもある。例えば、子供たちがセックスの話をする場面。あそこの子供たちの会話の端々から感じ取れる、無邪気さが、一歩引いた視点で描かれていて、これは大人が描くからこそ現れる視点の引き具合だ。そして、このバランスの距離感で描くからこそ、本気で閉じた世界にならず、我々が生きてる世界を描けるのである。

f:id:movie_99:20180306213920j:image

我々の生きてる世界を描きながら、今まで見たことのない世界に触れる映画としても素晴らしい。彼らの目線で描かれる孤児院の様子は、暖かくもあり、同時に切ない容赦ない現実もそこにはあり。そして、その現実を描くのに、生身のストップモーションで描くというのはとても理にかなっているだろう。この物質的な質感だけでも、この世界が現実だと目を覚まされる。去年の「KUBO 二本の弦の秘密」などを見ても、今ストップモーションの意義って実はそこにあるのではないかと思わせる。

そして極めつけはこの尺の短さだ。66分という尺にこれだけ映画的で、様々な感情が詰め込まれた映画も中々ないだろう。勿論アニメ制作の苦労もあるだろうが、これを伝えるのに2時間もいらないだろうと判断したのだろう。素晴らしい省略だ。デリケートな題材を的確な手法と的確な尺で描いた傑作。素晴らしかった。