movie_99’s diary

映画や音楽やらの感想をぼちぼちと。

【映画レビュー】『聖なる鹿殺し』

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なんとも言葉にし難い映画だ。「籠の中の乙女」「ロブスター」に続く、ギリシャ出身のヨルゴス・ランティモス(しかもまだ44歳!)新作は、不条理で邪悪な悪夢を、鋭く大胆な映像で見せられる傑作だった。監督がギリシア出身ということで、ギリシャ神話をかなりベースにしているらしく、その辺りに関しては自分はあまり詳しくないので、詳しい解説を読みたいところ。

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それこそ劇中のセリフ通り「全てがメタファー」な映画ではあるのだが、それでもトリッキーな前2作よりも、プロット自体は非常にわかりやすくなっていたというのが印象的だった。お話の展開自体はとてもわかりやすく、どちらかというとそこから何を説明して、何を謎のままにしておくかをとても意識している。この辺りの取捨選択がさすがランティモス監督。彼の映像の特徴である画面のフレームイン、フレームアウトのように、物語自体も、何を隠して、何を明らかにするかが、観客に投げっぱなしにしているのではなく、宙吊り感と終わらない悪夢の表現と一致している。

この映画を見て連想したのは深田晃司監督の「淵に立つ」という作品だ。これも、過去に犯した罪を背負った主人公の家族に、他人が介入してきたことにより起こる呪いの物語。向かってる方向は違えど、プロット自体はとても似ていると思った。しかし、今回明らかに異質なのは登場人物たちの無機物感。これが今回はズバ抜けている。あたかも登場人物全員が感情ではなく「ルール」に従っている、従わなければならなくなっているようだ。このどうしようもなさ、機械的に止められない感覚は、ファーストショットの、鼓動が止まらず動き続ける心臓と同じだ。取り返しのつくものとつかないもの。それらを見誤ってしまった人の物語だった。

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そして、今作のジョーカーであるバリー・コーガンの怪演を筆頭に、予想以上に役者の映画であったとも思う。コリン・ファレルの真顔から静かに狂っていく様(この間のビガイルドを連想させる)や受けの演技に徹したニコール・キッドマンの素晴らしさなどなど。この役者陣の、冷めきった、エモーショナルを全く感じさせない演技が、この映画の異質な空気に効果的に働いていた。あと、個人的にはアリシア・シルヴァーストーンの変わり果てた姿にびっくりした。久々に見たなほんとに。

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観客に解釈を委ねる作品は数あれど、それが所謂怖さに繋がる作品は久々だ。この悪夢がいつまで続くのか。多分あの地獄のロシアンルーレットが終わっても延々と続く。長女が中盤歌うのはエレン・ゴールディングの「Burn」。正に消えない炎のように、この悪夢も燃え続けるのだろう。