movie_99’s diary

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【ドラマレビュー】『ビッグ・リトル・ライズ』シーズン1

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去年エミー賞を総なめにした「ハンド・メイズ・テイル/侍女の物語」を見るために、やっとHuluに入会したのだが、HBO系のドラマが今月いっぱいで配信終了するらしく、急遽そちらのドラマの消化に入った。そのうちの一本である今作「ビッグ・リトル・ライズ」も去年のエミー賞で話題をさらった作品だ。そしてこれが抜群に面白く、3日で全7話を観てしまった。

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アメリカには所謂中年妻ものというジャンルが一つある気がする。「セックスアンドザシティ」や「デスパレードな妻たち」など。勿論日本でもそのようなドラマはあるかもしれないが(所謂ドロドロと言われるやつ)。この作品はそのような従来のゴシップドラマへのアンチテーゼとして成り立っている一方で、デリケートでとてもセンシティブなミステリーの構造も堂々と持ち合わせているのだ。ここがとても新鮮だったし、所謂この物語をドラマにする意味というものを強く感じさせた。7時間かけて描く人間関係のスライドによって、決定的な「あの夜」になだれ込んでいく構成はとてもスリリングであり、最終話の全ての点が線になって繋がっていくクライマックスには鳥肌がたった。そこで、このタイトルのほんとうの意味が分かるラストも含めて、正に時間をかけて物語を語るドラマならではのカタルシスだった。

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そして、このドラマの最大の魅力は役者陣だった。ニコール・キッドマンの、特に終盤にかけての演技は、彼女のキャリアでも五本の指に入る名演なんじゃないかと思う。とにかく何もかもを受けていく壮絶な役で、だからこそ終盤のセラピーでの感情の発露と、車の中の会話は切なく胸が痛むものになっていた。そして、その弱く脆く、だからこそ束縛的で暴力的な夫を演じたアレクサンダー・スカルスガルドも、自身のキャリアハイな演技を見せていた。あの円らな目と彼の高身長を生かした歩き方に満ち満ちている狂気の表現は素晴らしかった。

リース・ウィザースプーンも素晴らしかった。ヒステリックさも込みで所謂煩いおばさんの演技をしてみせた。あの最高なゲロや、少女らしさもふと見せるところとか、彼女にしかできなかったろうと思った。他にも、シャイリーン・ウッドリーのシングルマザー役や、ローラ・ダーンの中盤に見せる表情の怖さなど隅々まで豪華かつ的確なキャスティングをしていたと思う。最終話でゾーイ・クラヴィッツに歌わせるのも、彼女自身が歌手であることをネタにしたちょっとした遊びとしてとても良いと思ったり。

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このドラマ、前述したように全体の構成が見事すぎるのだが、やはり最終話が素晴らしかった。あのエルヴィスとオードリーの夜での、視線のぶつかり合いは、ほとんどセリフなしで、映像でしか伝わらないシークエンスだった。自分はこのドラマを「妄想」と「表情」のドラマだと思っている。こんなはずじゃなかった生活や人生に対する、破壊欲や願望、そしてそれがついに現実になってしまうあの夜まで、彼女たちの表情(表の顔)は変わり続ける。周りから見た人間関係が必ず当人たちの間で想像したものと一緒かは限らない。それは第1話から繰り返される数々の証言を見ていってもそうだ。「女は許せない生き物だ」「彼女たちはおかしい」。これらの決めつけと偏見へのアンサーととれる、ラストの浜辺の彼女たち。そこにかかるのはローリングストーンズ「You Can't Always Get What You Want」のカヴァー。

 

You can't always get what you want
You can't always get what you want
You can't always get what you want
But if you try sometimes
well you might find
You get what you need

ほしいもんがいつも手に入るとは限らない
ほしいもんがいつも手に入るとは限らない
ほしいもんがいつも手に入るとは限らない
でもやり続けりゃ
時々は本当にほしいもんが

手に入るかもしれないな

決してハッピーエンドではないものの、どこか爽やかなものを感じさせる。まさか、こんな後味を残す作品だと思わなかった。それこそ「セレブママの憂鬱」なんてタイトルは似合わないラスト。拍手を送りたくなる、とってもクールな幕引きだった。