movie_99’s diary

映画や音楽やらの感想をぼちぼちと。

【映画レビュー】『ちはやふる ー結びー』

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人間には一瞬を永遠にする力がある。

劇中、周防名人が放つこの一言が、この作品にとって全てなのだろうと思う。多分自分はこの映画を見てる間、ずっと「あの時間」に胸ぐらつかまれていた。このシリーズが描いてきた青春という時間について、今作はさらに掘り下げる。

 

思えば上下も秀作であった。だが、熱狂的に夢中になっている一部の方々と比べ、今までイマイチ自分が乗り切れなかった理由は、単純にテレビ的演出(序盤の役者陣のオーバーアクトやコメディ的シークエンスにかかるコミカルな音楽など)へのアレルギーと、何故か決定的に印象に残るシークエンスが少なかったからだろう。特に下の句の物語としてのロジックの強度、説明的描写、台詞の足し算には、少々首を捻ってしまった。しかし、今回の「結び」ではまず、全編が映画館で見ることを計算された作り、演出となっている。

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今回はいろんな人が言っているように、野村周平演じる太一の物語になっているのが大きなポイントだろう。何よりもカルタを選んできた千早と、下の句でカルタを選ぶという選択に至った新とは対照的に、太一は千早を追いかけてカルタを選ばざるおえなかったキャラクターだ。その、そもそもの動機としての不純さが、上の句ではクライマックスの物語を動かす大きな仕掛けになっていたが、その「選択」に関して、今回の結びはさらに彼を追い詰めていく。あれから2年が経ち、高校三年生になった彼らには将来という、選択肢を選んでいかなければならない大きな壁がある。そこから太一が、自分の中でカルタから引いていく過程が、シャーペンの芯の折れる様子など映像的シークエンスで示されていく。白眉はやはり太一が予備校を出ていくとき、部屋のライトが手前から奥に消えていき、スクリーンのの隅っこに太一が置かれるシークエンスだろう。太一の心の孤独、置いてけぼり感を、周りが真っ暗な映画館という空間を生かし見事に演出していた。勿論言わずもがな、千早との踏切のシーンも。あそこのカメラワークの崩れ方、役者2人の熱演、スパークルする逆光。凄まじいシークエンスだった。

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そんな彼の物語は、賀来賢人演じる周防名人と出会うことで、自分にとってカルタはなんだったのか、自分はどこにいるべきなのかという、自己理解とアイデンティティ、そして「強さ」を見つけるまでの物語になっていく。周防名人と太一のこの師弟エピソードがものすごくいい。耳に手を当てるという細かい描写から彼らの継承が積み重ねられていく。太一は言ってみれば、何も選んでこなかった男なのだ。カルタも勉強も千早も、全部を守ってきた男だ。だからこそ、そんな彼が受け継ぐのは、正に「守りのカルタ」なのだというラスト、そこからのクライマックスは青春を超えて将来をかけていく。全てを守るということを彼は「選択」するのだ。

 

一方、千早にも変化がある。太一が去ってしまったカルタ部の部室に1人いる千早。そんなところに彼の幻影が見える。そこでいつもそばには太一がいたことに気づく。自分がなんのためにカルタをしていたのか。彼女の、ただ好きだから、楽しいからという動機がここで崩れるのである。何故好きだったか、楽しかったかといえば、太一と、「みんな」とできたからなのである。これに気づいた千早は涙を流す。そこのシークエンスから不意に、上の句、下の句にフラッシュバックし立ち戻る。あの時の全てはこのためにあったのかと。正に運命じゃない運命線、全ての繋がりが、青春を超えた人生へとリンクしていく。

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そんな2人が改めて対面する最終戦は、久々に映画で本物のカタルシスを味わった。ここでの千早の身につけていた紐の真実と、それを受け取る太一も含め、彼らの全てが結ばれる。正にこれまで積み重ねてきた青春の本番が繰り広げられるのだ。

 

カルタはいわば一瞬にかけるスポーツである。一瞬の動きと呼吸。それは正に、全ての出来事が瞬足な青春だ。しかし、最後運命線になる「恋すてふ」と「しのぶれど」は上白石萌音演じる奏が説明するように1000年前の戦いだ。その戦いが、今に受け継がれ、決着するのである。一瞬が1000年後になり、永遠になる。そしてそれを繋ぐのは継承だ。受け継ぎ、受け継がれ。3部作でここまでの領域に達したのが、この映画を特別なものにしているだろう。一瞬の青春に向き合い、その先の人生を描き出してみせた。エンドロールのアニメーションは劇中の1000年前の物語を語る時のアニメーションと同じだ。正に、この物語が1000年後に受け継がれていくように。このロマンスとドラマチックな時間の蓄積はラストカットに映る千早の横顔の永遠を託された凛々しさと風格が体現している。このラストカットだけでも、たった3年のシリーズの集大成とは思えない、2010年代の日本映画の一つの到達点だと言えるだろう。