movie_99’s diary

映画や音楽やらの感想をぼちぼちと。

【映画レビュー】『素敵なダイナマイトスキャンダル』

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やはり冨永監督の映画は面白い。と言いつつ、去年の「南瓜とマヨネーズ」を見逃してしまっている自分だが、「乱暴と待機」「ローリング」に続き、相変わらず面白くて安心した。今回は一代記もの。正に、日本版「ウルフオブウォールストリート」や「ブギーナイツ」かといった題材だが、内容は日本の昭和という時代へのアンセムとその時代を生き抜いたものの喜哀を切り取った作品となっていた。滅茶苦茶ビターな後味だ。

芸術は爆発だ。と言った人がいましたが、僕の場合はお母さんが爆発でした。

主人公の末井は時代が抑制したり、定めたりする、表現や芸術に不満を抱いている。だからこそ彼は時代を渡りつつ抗い続け、エロ本という、アンモラルな「表現」にたどり着くのである。人々が見たいものを見せ、自分が書きたいものを書く。しかし、徐々に彼もまた時代に抗えなくなってくる。それをしてるだけではやっていけない、厳しい現実というのがそこにはある。

一方母親はどうだろうか。峯田和伸演じる近松は、自分の芸術論を繰り広げる末井に向かってこんなことを言う(うろ覚えなので若干違うかもしれないが)。

俺たちはここにいて血が流れてる。それでいいんじゃないかな。それが芸術なんじゃないか。

つまり、ここに存在して血が流れてる俺たちこそ芸術であると。末井の母親はその時代の病に侵され、隣の息子と浮気をする。そして、2人でダイナマイトで心中するのである。つまり爆発だ。ここで序盤の「芸術は爆発だ」というあまりに有名な言葉へ繋がる。そう、彼女は芸術を爆発させて見せたのだ。時代へ逆らって。だからこそ、ラストの末井のパチンコ玉と、ダイナマイトの対比が哀く映る。芸術を爆発させられなかった男の話なのだ。

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末井は母親の逸話をネタにして様々な人に聞かせる。彼もまた結局、人の芸術をネタにしてたわけだ。実はこの映画は主人公とその母親が対比構造になる作品だ。そこが面白いところだと思う。そこに輪をかけてストレッサーとなるのが、現在の不穏こと、三浦透子演じる愛人笛子である。この彼女とのエピソードは、もう少しスムースに着地できなかったのかと若干思うが、彼女の危うさと脆さとそこはかとなく漂う不穏さは過去と現在を嫌な方向で結びつける。その暗示として、最初に末井が彼女を口説く場面で、店から彼女が出て行った後、末井の座る斜め後ろの席で、芸術を語る昔の自分のように語り合っている男性2人に向けてつまみを投げつけるというシークエンスがある。あと、末井と笛子のデートの場面で、同一画面に尾野真千子演じる母親がフレームインしてくるシークエンスも印象的だ。とても舞台的な演出だが、現在から過去へのバトンパスをとてもスリリングに捉えていた。

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冨永作品は毎回役者が魅力的だが今作も役者の映画だった。柄本佑がさすがなのは言わずもがなだが、前田敦子のベストアクトや三浦透子という才能、ほとんどセリフを発しない尾野真千子と女優陣が魅力的だった。あと、この映画の音楽も担当してる菊地成孔村上淳滝藤賢一を足したような声と風貌で、素晴らしいスクリーンデビューだった。数分の出演だったが強く印象的だった。あと、落合モトキは何に出てても良い。

冨永監督も、ここまでくると何を任せても安心できる感があるが、そうは言っても、少々エピソードを詰め込みすぎててやや忙しくなっているので、「ローリング」よりは劣るかなという正直な感想もある。だが、これはこれで誰もが楽しめるエンターテイメントになっていると思う。そして、この映画を見ると、原作者の末井昭が生きたあの時代より、今の時代の方が表現の規制は厳しいと感じる。今、末井が創刊した雑誌は当然発禁だろうし(劇中にも時代の流れによって厳しく取り締まられる描写がある)、様々な作家達が規制のないネットストリーミングで映画やドラマを作り出しているのも現状としてある。その中で、このようなエンターテイメントを普通に劇場公開し、シネコンでかけ、豪華なキャストを集めて一般映画として妥協なく表現した冨永監督こそ、現代における、あの時代の末井昭なのではないか。