movie_99’s diary

映画や音楽やらの感想をぼちぼちと。

【映画レビュー】『ミスミソウ』

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内藤瑛亮作品の作家性やポテンシャルは毎回とても面白いと思うのだが、その中でも好きが上回る作品と苦手が上回る作品が個人的には半々という感じであった。そんなスタンスで話題になってる今作を見てきたが、内藤瑛亮の現状最高傑作であることは疑いようないのではと思う。因みに原作は未読の状態で行った。度々話しているが、自分は本当に本や漫画を読まないので、漫画原作の映画を見ても原作を読んでないどころか、存在すら知らない作品が多い。今回の『ミスミソウ』もそうであるが、これに関しては近いうちに原作を読んで見たいと映画を見て思った。個人的には、『バトルロワイヤル』以降の未成年バイオレンス映画の新たなクラシックと言ってもいいくらいだ。

 

まず、素晴らしかったのはルックの豪華さだ。内藤作品は毎度のように画面構図がキマりまくっているのだが、今回は飛び抜けている。白銀の中、バイオレンスによって白が赤に染まっていく美しさを、完璧なライティングで攻めていく。スローモーションの使い方も素晴らしかったり、いざ体が損傷した時に咄嗟にカメラを離し、引きのショットを入れるセンスなども。本当に見惚れるシーンばかりで、目を覆いたくなるバイオレンスシーンですら、瞬きが勿体無いと思わされる。

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役者陣も本当に最高なんだが、とにかく主演の山田杏奈に尽きる。彼女のオーラがこの映画の60パーセントくらいは支えていた。中盤声を失ってからの、彼女の目の演技は、他の同世代の役者でもこれほどのものができるのは彼女だけだと思う。あの目つきが本当に素晴らしい。もともと目つきの悪い人にはできない演技だ。ストーリー上、声を失ってから殺人シーンが多くなるのだが、殺す側も殺される側も、リアクション含めて素晴らしいシーンばかりだった。そして、後半に行くにつれて豹変して行く、あの人とかアイツとか、本当にいちいち素晴しい気味悪さと哀愁が最高だった。みんなそれぞれ切なさとどうしようもなさ、そして言葉にならない感情を見事に体現した素晴しい演技だった。

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内藤瑛亮監督は、毎回「子供」と「死」を捉える。しかし、それでも内藤作品の魅力は、元々監督自身が養護学校の教員をしていた経験もあり、実は高い倫理観と誠実さのもとで、故に気持ち悪いものを気持ち悪く、残酷なものを残酷にしっかり描く姿勢だと思う。だからこそ、今作で今まで以上にはっきりと「青春映画」を撮ったことは、納得するとともに、最早内藤作品という枠を飛び越えた「映画」になっている感がした。

今作は閉ざされた青春の物語であり、閉塞感と将来の見えなさ、不安性を見据えたテーマになっていると思う。子供時代という将来の見えない状態が、何もない田舎に様々な理由で縛られている閉塞感と、いつか外に出たいという願望、そして、その願望が叶いそうにない絶望とリンクし、少年・少女時代という時期の本質を探るような、残酷なイニシエーションの物語となっている。ここが、側面だけでは勘違いしてしまいそうな、単なるイジメ映画、暴力映画とは一線を画すところだ。少年少女の独特の不安感と絶望感がそのまま暴力と血の量に現れるのである。だからこそ、後半サイコパスに変化するあのキャラクターと担任の先生のエピソードには少しガッカリしたが。このあたりは原作のため仕方なくなのか。しかし、後半で明かされるヒロインともう1人の少女の関係性、そして、そこから現れるもう一つの気づきと成長には素直な涙が流れ、ラストに流れるタテタカコの「道程」に背中を押される。

望みが人の性なら 

行く手には荒波が来ようとも

眼差しを遠くまで待つことが 

喜び 光 生きること

最後見るのは、彼らにもあったはずの未来と、手遅れな救いな気がする。彼らが血を流すまでに、誰かが君の人生そこまで悪くはなんないよと笑ってあげればよかったのにと、この曲を聴いて思ってしまう。このラストだけでも青春映画として、高いところに達していると思う。内藤監督の容赦なさが上回りながらも、1割ほどの優しさが垣間見える瞬間を最も濃くしたラストであった。お見事。